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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第3節 意地も虚勢も実力のうち? [5]




 隠し事なんて、するタイプには見えない。
 本人に自覚がないなんて事態なら別だろうが、気持ちが離れればそれをちゃんと口にするのではないかと、聡は思う。
 思う故……
 そこでそっと、蔦を見下ろす。
 そうだ。蔦もそう思っている。だからこそ、様子がおかしくともはっきりと原因を口にしない涼木の態度が、不安なのだ。
「俺、涼木にそれとなく聞いてやろうか?」
 思い切って口にするが、蔦は首を横に振る。
「いや、こういうのは、他人に頼ると誤解のモトだ。聞きたきゃ自分で聞くよ」
 自嘲気味に笑う。ため息も混じる。
「だったら、お前にこんな話すんなっつーのな」
「いや …… 別に」
 聡は笑えない。
「だらしねぇよな」
 ふと空を仰いで息を吸った。
「俺、甘えてたのかな?」
「何に?」
「ツバサに。ツバサはずっと俺のコトを好きでいてくれるって、自惚れ過ぎてたのかもしれないな」
 それって、自惚れなのか?
 残暑厳しい夏の空。でもグルリと見渡し、目を止める。
 広く高い空の端。隠れるように、秋の空。
 いわし雲ってヤツだろうか?
「俺よかイイ男、いっぱいいるもんな」
「そういう自虐的な事言ってると、また涼木にゲンコツで殴られるぞ」
 蔦は笑った。
 その乾いた声がなんとなく寂しく、聡も思わず空を見上げた。
 女心と秋の空
 今の蔦には、あの空はひどく惨い存在だろう。
 蔦康煕と涼木聖翼人。この二人がどれほど仲の良い男女であるか、それは聡も良く知っている。
 そんな二人でも、こんなコトを考える時があるモンなのか?
 俺と美鶴は?
 己の立場に置き換えてみる。
 ……………
 聡の場合は、それ以前の問題だ。
 いや、それよりも―――
 陽炎の向こうで、揺らぐ二人。
 もしひょっとして………
 ひょっとして美鶴が、あの霞流ってヤツに惚れてるとしたら?
 瞬間っ! 思わず強く、瞳を閉じる。
 もしそうならば、むしろ美鶴の心こそ秋の空であって欲しい。
 卑しいと思いながらも、聡はそう願ってしまうのであった。





 秋空―――
 駅舎の扉に手をかけ、(たお)やかに見上げる。
 その仕草は実に上品で、美しい。石榴石のメンバーが目撃すれば、一目で即倒してしまうだろう。
 長身の立ち姿に、小さな頭部がバランス良い。
 真っ黒な髪が午後の陽射しを受け、控えめに輝く。円らな瞳はどこまでも優しく、だがはっきりとした眉には力強さを感じる。
 美しくとも女性ではない。
 だが本人は、その容姿があまり好きではない。

 あまりに、父親の血を濃く受けすぎている。

 瑠駆真は、扉に手をかけたまま視線を下げ、肩越しに振り返った。
 誰も居ない、無人の駅舎。







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